大崎下島

面影

瀬戸内で作られていた蜜柑の最盛期の表現に、耕して天に至るという言葉がある。
麓から石を持って上がり、石積みで補強しながら、斜面を畑に開いてゆく途方も無い作業。

島内に開く場所がなくなると、島外に求めて船で通う渡り作、出作が行われた。
蜜柑に限らず、除虫菊やさつまいも、麦等が作られ、島の山は様々な模様で覆われていた。

低い所は放棄地なのに、高い所に耕作地を見ることがある。所有地の問題だろうかと思う。
土地問題は厄介だが、段畑の統廃合ができれば、島の表情も変わることだろう。

NAWATA

◎島プロジェクト → http://www.shimaproject.jp/

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