山中にあった歩哨舎。警戒・監視任務の兵が雨風をしのぐための物で、中は身動きが辛いほど狭い。
監視していたのは弾薬庫。検疫所敷地内にあった兵器支廠弾薬庫の増設が始まりと伝わる。
広島市内にあった陸軍広島兵器支廠が、大正10年(1921年)火薬庫の爆発事故を起こす。
大正8年(1919年)より、一部を似島に保管していたことから弾薬庫移転が本格化したという。
設置を弾薬庫と同じとするならば、100年近くこの場所に建っていることになる歩哨舎。
木々に覆われ、弾薬庫跡はもう見えない。緑の中で異質となった存在に、しみじみと平和を感じた。
NAWATA
◎島プロジェクト → http://www.shimaproject.jp/
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