似島

桟橋

似島学園の南に、石積みの軍用桟橋が対岸の市街地へ向け、二カ所残っている。
それは現在、似島学園の敷地となっている場所が軍用地であった名残。

日清戦争開始後、帰還兵が病原菌を持ち帰り、国内で赤痢やコレラが大流行した。
その対策として帰還将兵等に検疫を行う為、明治28年(1895年)に陸軍が似島検疫所を設置。

輸送船で帰還した兵は、沖から艀で桟橋へ。初めて踏む母国の地が、似島ということになった。
消毒、検診後に別船で広島へ向い、帰国第一夜を迎える。桟橋から見える街は、どう映ったのだろう。

NAWATA

◎島の桜情報 → http://www.shimaproject.jp/ShimaSakra.html

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