桜にはまだ早い下蒲刈島・大平山公園。頂上付近に太平洋戦争時の砲台跡があった。
海軍施設が集まる呉を防護する為、周辺に作られた防空砲台(機銃・高角砲台)の内のひとつ。
1945年5月5日、ここから来襲する敵に放った188発。記録がなく撃墜は叶わなかったようだ。
7月1日深夜の空襲で亡くなった呉市民およそ2,000人。当日は敵進入路が遠く一発も放っていない。
爆撃機B29は想像を超える高さを信じられない性能で来た。防空砲台の射程距離を見透かすように。
例外を除き正攻法で勝てる軍用機も無かった日本。あの頃から見通しの甘さは変わらない。
NAWATA
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