百島

時報

このスピーカーから放たれたであろう正午のサイレンを海辺で聞いた。
朝昼晩とサイレンや音楽を鳴らすのは、防災行政無線の作動確認を兼ねているそうだ。

時計が一部の者の物でしかなかった頃、庶民は鐘や太鼓の音で時刻を知った。
江戸では捨て鐘といってまず3回打ち注意を促した後、時の数だけ鐘を打っていた。

鳴り終わるまでの間に何かひと仕事できそうだと考えるのは現代人。
その忙しなさを江戸の人に野暮だと笑われそうだ。

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