大崎下島

山林

江戸時代の山林管理は、官民で分つ現代とあまり変わりは無い。
藩の材木を賄う御留山と個人分割所有の腰林、そして入会地の野山。

御手洗の火災復興に藩は、大長村の中ノ島の木を使うようにと指示。
村は御手洗からの景観が悪くなるという理由で反対したという。

景観を守ろうとする先人の気持ちを我々は受継いでいるのだろうか。
目先の事情に心を奪われ、忘れがちになっているように思える。

NAWATA

◎島プロジェクト → http://www.shimaproject.jp/



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